公務員として働く

子育てもしながら、現場担当として働く限界を感じ、

だからといって、設計担当として奮闘する意欲も湧かずにいる中で、

住んでいた地域の市役所で建築技師の採用募集を広報で見つけました。

 

それまで、建築士試験を受けていて勉強していたことも重なって、
(公務員試験は何といっても学科試験が受からないと話にならない)

また、住宅メーカーでの7年以上の勤務経験を買われて、

即戦力として市役所の正規職員として採用されることになりました。

 

まさかわたしが父と同じく市役所職員になるとは思っていませんでしたが、

生活とのバランスを取りながら、

自分の経験を活かして、市民のために仕事ができればいいと思い、

意欲的に仕事をスタートしました。

 

しかし、割と早くから、また葛藤を抱えることになります。

市役所で働いていてみて思っていたのは、

何でも、前例踏襲であるということ。

自分がこうしたい!と思っても、身動きがとりにくい構造であるということ。

結局、情報を取りに行ける、声を上げることができる人しか救えないということ。

 

市役所の仕事は、何かをするときの資金源が税金であるからこそ、

ここぞというときに誰も判断ができないジレンマがある感じがしました。

自分がどんなにやりたいと思っても、

上司の、それまた上司の、決裁がなければ何もできないということを痛感。

そして、それは自分が本当に必要なことだと判断したことだったとしても、

市民がどう思うか判断できないような前例に無いことにはよっぽどのことが無い限り、

手を出すことすら認められなかったり。

「とりあえずやってみる」ということがなかなかできない世界でした。

 

市役所で働いても、

結局「人がどう思うか」に視点を置いて仕事をしなければいけないことが

どんどん息苦しくなっていきました。

自分自身の中で「こうしたらいいのに」「こういう風にできないかな」と思う一方で、

それがなかなかうまく進まない現実を見て、

フラストレーションだけが溜まっていきました。

夫のこと

夫の趣味は、

車、バイク、ガンダム仮面ライダー、戦隊モノ

 

未だに、

ちいさいころからテレビシリーズの戦隊モノを

30年以上欠かさず見ている39歳の少年です。

 

ある程度の年齢で、恥ずかしさから

戦隊モノ、セーラームーンなどを卒業したわたしには、

恥ずかしげもなく、毎週欠かさず戦隊モノを見る夫の姿がまぶしい!

 

夫は、「人がどう思おうが、しゃーないやん」というタイプ。

(本人曰く、一応、人のことも気にはしているらしいが)

 

絶対、玩具メーカーとかで働けばよかったのに・・・

というタイプですが、住宅メーカーで現場監督をしています。

 

わたしから見て、現場の仕事はとても向いています。

職人さんとの付き合いも、わたしと違ってフランクだし、

人間味があって◎

 

ただ、企業向きではありません。

言われたことを言われた通りが苦手な人です。

かつては、神社やお寺などの社寺建築を扱う会社で現場監督として働いていて、

どうしても処遇改善したかったらしく、住宅業界へ転職したようですが、

絶対に社寺建築の方が向いていたはず。。。

 

今の上司さんには、

言うことをきかない人と思われているんだろうと推測します。

 

わたしのお願いもなかなか聞いてくれず、、、

「そこのはさみ取って」と声をかけて、

目の前にあるのに、氣がつかないこともしばしば、、、

自分の嫌なところも認められていなかったかつてのわたしも

そのころはとってもイライラしてました!!

 

でも、臨機応変が大得意で、とっても頼りになります。

何かあったときの対応力といったら、

今、彼の会社で右に出るものはいないでしょう。(たぶん)

 

一時、関連会社で一緒に仕事をしていたわたしが言うのだから、

間違いないはず!(身内びいきかも!?)

 

* * *

 

我が家は、家族5人で2LDKの賃貸住まい。

 

めっちゃ狭いです!

 

そこをなんとか、固定費を抑えるために工夫しまくっています。

 

効率的に家の中を使うために、家具をDIYしていますが、

わたしの設計力(←とまでは言わない)を活かしてざっくりと図面を描き、

それを夫に提示すると、夫が細かいところは考えて形にしてくれます。

 

木の一枚板で、

結婚式に、ご両親への手作りの3連時計をつくりたいといった相談を受けて、

私が案を考え、夫が道具を貸したり、手ほどきをしたりという

お手伝いをさせてもらったこともありますが、

夫の丁寧な仕事にいつも感心しています。

(わたしが具現化するのが苦手で、かつ、雑なところがあるので、余計に)

 

* * *

 

そんな彼はかつて、車がだいすきで、

バイクがだいすきで、

(感化されて、わたしも中型バイクの免許を取って、

 バイク乗ってました(出産前まで))

ローン組んでは、カスタム、カスタムの人でした。

 

結婚して、子どもが生まれたあたりから、少しずつ制限をかけて、

ローンはやめてもらうように(←当たり前やー!)

 

それでも、毎月毎月、雑誌を買い、読み続ける夫。

ホントに好きなんだなぁ。

わたしも趣味が無いわけではないけど、

そこまで好きでいられることにわたしは感心しかしません。

ほんと羨ましい!

 

* * *

 

そして、今、一番の趣味は・・・

ミニ四駆です!!!

 

楽しくて楽しくて楽しい模様。

 

夜遅くに仕事から帰ってきても、

夜な夜なコツコツ、ミニ四駆に向かう。

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朝、洗濯物を干しながら(←彼の担当!)

ミニ四駆動画をYouTubeで勉強!勉強!

 

休みの日は、晩御飯を準備して(←休みの日だけは彼がする)

いそいそとミニ四駆のコースへ走らせにいき、

常連さんからいろいろ教えてもらってくる。

 

ちょっとどこかにでかけると、ついでに、、、と

しれっとミニ四駆屋に寄って付き合わされる。

 

ほんとに好きなんだなぁ。。。

大好きなものがあって、本当に羨ましいです。

 

お客様への提案

住宅メーカーで現場担当となって、

7年ほど経ったころ。

 

わたしは結婚、出産を経て、職場復帰し、

棟数を減らして現場担当を続けていました。

 

現場担当としての経験も重ね、

棟数が減ったこともあり、

1棟1棟、お客様と向き合いながら、仕事をしていました。

 

わたしと同世代のご夫婦の新築住宅の担当。

奥さまは、きさくな方で、

わたしなりに、ご夫婦の生活を考えて、現場でできる限りのご提案をしました。

 

「ここの収納は建具いりますか?

 来客の目が届かない場所だから、

 ロールスクリーンの方がものの出し入れはしやすくなりますよ」

「洗濯物はいつどこに干しますか?

 洗濯機から出すときに、ハンガーにかけるなら、

 脱衣室にワイヤーロープを張れるようにすると便利ですよ」

 

結婚したことで、生活・暮らしを整えることへの関心も深まり、

とても楽しかった!

 

一方で、その分変更対応の仕事が増えたり。

元々、要領の良いタイプでは無いので、

仕事量と子どもとの生活のバランスには日々悩んでいました。

 

かつ、現場は突然の連絡が多い。

近隣住民からの連絡に子どもを連れて現場に駆け付けたこともありました。

 

次第に、このまま仕事を続けることに限界を感じるようになりました。

 

設計担当?現場担当?

2006年、住友林業株式会社に入社しました。

 木造住宅大手です。

 

ぎりぎりの滑り込みセーフだったとはいえ、

割と自分に合った会社に入社できていたなぁと今なら思います。

しかも、父も母も、世間も納得の優等生コースです。

 

* * *

 

建築技術職で入社した新人社員は、

初めの1年半は、設計、施工、敷地調査、役所調査、積算、CADなどなど

を学ぶ研修期間でした。

 

その間に、その後の配属で「設計担当」か「現場担当」かを

選ばなければいけないとのこと。

花形の「設計担当」が人気です。

自分の配属希望(どちらの担当か、どの支店がいいか)を出して、

会社が人事をどうするか、その年の状況で判断するとのことでした。

 

わたしは、どうするか決め兼ねていました。

今なら「絶対、設計担当でしょ!」と断言できるんですが、

当時のわたしは、自分のことを全く良く分かっていなかったし、

全く良く考えていなかったのです。

 

住宅メーカーは火曜・水曜休みが基本です。

わたしは土日休みたかったー。。。

結婚の予定も無いのに、結婚出産したら、せめて日曜くらいは家にいたい。

とか思ってました。

現場担当になれば、水曜・日曜休みも可能。

 

どうしようか・・・

 

* * *

 

研修当初、設計案コンペがありました。

わたしはサクサクその課題をやってのけました。

どんなふうに計画すれば使いやすい間取りになるか考えるのも得意だったし、

手書きの見やすく、親しみのある図面を書くのが得意だったから。

高専での手書きの経験と、大学の研究室での住宅の設計手法等の学びが活きました。

 

研修担当の上司からも褒められ、同期からも羨望のまなざし。

だけど、当時プランをする力や、図面化する技術はまだまだだけど、

設計やりたい!って入社した同期たちの方が、

絶対に伸びていくだろうなぁと何となく思っていました。

 

 

結局、入社することで、わたしの目的は達成してしまっていました。

その後、意欲が続かなかったのです。

 

ただ、入社したので、働かなければいけないし、

選ばなければいけないと思っていた感じです。

 

今となったら、真剣にこの仕事に向き合っている人、関わっている人に、

とっても失礼な話だけれど、

当時のわたしは全く分かっていなかったんです。

当時のわたしはわたしなりに真剣に、

ちゃんと、責任持ってやらなければいけないと思っていたのですが。

 

 * * *

 

1年半の研修を終えて、結局「どちらでもいい」と返答しました。

 

* * *

 

結局、「現場担当」として、鹿児島支店に配属されました。

 

ただ、「現場担当」として配属されると、自分が思っている以上に苦労しました。

 

まず、現場担当は、

設計担当と現場の大工さんをはじめとする職人さん、業者さん、お客様、近隣住民、

いろいろな人の間に立ってやり取りしなければならない仕事でした。

他人の意見を気にしすぎるわたしには、

かなり身動きとりにくくなる仕事だったのです。

 

その上、工期は決まっていて、時間が無い。

即座の判断をしないといけない仕事。

 

かつ、実際形にしていく中で、

詳細な部分をどうやって納めるかを決めていかないといけない仕事です。

 

ざっくりしたこんなことしたい!と先頭を切るのは得意だけど、

細かいところ詰めるのは苦手なはずのわたし。

 

本当にストレスフルでした。

自分の苦手なこと、嫌なところが日々フォーカスされる仕事でした。

ほんとに苦しかったです。

 

自分のことをよく知ることなく、

自分で好きな道を選ぶこともなく、

進んできたわたしには、

もうなんで苦しいのかすら、

わからない日々が続きました。

ただ、ただ、自分の頑張りが足らないのだと、

頑張り続ける毎日でした。

 

 

 

2度目の就職か進学か

大学生活は2年間。

 

入学と同時に就職か進学かを考える感じでした。

 

正直、もういい加減、就職しようと心に決めていました。

いつかは就職しなきゃいけないと。

それならば、先送りしても仕方ないと。

 

運よく、団塊の世代の大量退職の時期と重なり、

就職氷河期から売り手市場に転じました。

 

「建築」好きには適わないと悟っていたわたしは、

建築設計事務所への就職は絶対やめようと思っていました。

というか、建築ではない道にもう進みたいと思っていました。

 

身近な暮らしやすさとかを考えるのは好きだったので、

迷った挙句、「住宅設備」メーカーに進もうと思ったのです。

(↑離れ方が小さいぞ!わたし!)

 

でも、大苦戦。

動機が弱すぎる。

アピールポイントを建築にすると、何で「住宅設備」?

みたいな感じになるし、

他のアピールポイントにすると、大学はなんで建築?みたいになる。

 

「建築」を自分で選んだわけじゃない

つじつま合わせをしなければいけない事態に・・・

 

うぅぅぅぅ

 

たくさん届く『お断りメール』に、

大学院進学を決めた友だちには状況を打ち明けられず、

一人暮らしのわたしはどんどん追い詰められました。

 

どんどん大手企業の採用試験が終わっていく中、

ようやくもう一度きちんと考えることにしました。

 

身近な生活を整えることはずっと好きでした。

それもあって、大学の研究室は、住宅系の研究室を選びました。

設計課題は大きい建築物よりも住宅が好きでした。

課題も褒められることが多かったし、

手書きのプレゼン図面も得意でした。

 

そして、結局「住宅メーカー」に的を絞りました。

なんとかぎりぎり大手住宅メーカーの採用に滑り込み、

住宅メーカーで内定をもらうことが出来ました。

春の楽しみ

先週、雪が積もったのに、

 

今週はぽかぽか、小春日和。

 

だいすきな季節がやってきた!(花粉症が苦しくても!)

 

* * *

 

ある日の休日。

 

夫が朝から、少し遠くの公園に行こうと算段していました。

 

3歳次女は水遊びがしたい・・・

とその数日ずっと言っていました。

 

よし水遊びに行こう!

夫を無視して決めるわたし笑(ごめんね!)

 

小4長女に水遊びポイントを聞いてみる。

近くなら、味噌屋さんの裏があるよ?

そこにしよー!

 

行ってみると、水着になるも、水に入らない次女。

案外怖がりで、そういうところあります。

結局、水に入らずに、1歳長男とすっぽんぽんになって、

河原の草むらで遊んでました笑

 

近所のおばちゃんが

「あったかいから、いいねぇー」

って声をかけてくれて、ほのぼのしました。

 

わたしは河原で、カラスノエンドウヨモギ摘み。

帰ってご飯に混ぜて、ごはんバーガーを作りました。

 

* * *

 

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さて、我が家の近くには、

つくしんぼの群生ポイントがある!!!

 

そろそろ顔を出すころと、様子を伺っていた・・・

 

暖かくなったタイミングで、一気に伸びたつくしたち♪

 

子どもたちと摘んで、佃煮にして食べました。

結構摘んだら、もっといっぱい群生しているところを見つけた!

でも、ほんと、気持ち悪いくらい密集していて、ちょっと気持ちが萎えました笑

 

小4長女はフリースクールでそのポイントにみんなを連れてって、

100本以上摘んで天ぷらにして食べたらしいー。

おいしそー!

それでもまだまだ残ってるつくしたち。

つくしのシーズンはすぐ終わる。

もう1回くらい摘んで、家でも天ぷらにしようかな?

 

* * *

 

小4長女は、週末は学校のお友だちと学校の校庭などで遊び倒しています。

 

平日はフリースクール

休日は学校笑。

土曜日も学校で遊ぶと友だちと出かけて行きました。

 

休日出勤の担任の先生とお話しして帰ってきたらしい。

(先生、お休みの日までありがとうございます!)

図工の工作キットをもらってきたみたいです。

 

* * *

 

長女たちが近くの低山へ登山に行くというので、

わたしと下の子たちも一緒に麓の公園に行きました。

 

下山してきた子どもたちと散策。

 

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公園によく植えてある椿の木。

椿の花が咲いているので、花の中に指を突っ込んでみる。

「ほら!」

と見せて舐めてみる。

「えー!?」とこどもたち。

おそるおそる舐めてみる・・・

「おいしー!」「あまーい!!」

 

そのきらきらしたひとりひとりの顔がわたしはだいすきです。

 

* * *

 

我が家は下の子たちが、まだまだ小さいから

休みの日は散歩しがてら、何にもない公園に行くのが定番。

 

敢えて、どこそこ行かなくても、

たくさんおもしろポイントがあります。

 

暖かくなって、なずなに、菜の花に、ちょうちょに、てんとう虫に。

なずなを耳の横で降って、音を鳴らしてみる。

かすかな音だけど、大人も子どもも息を殺して耳を澄まします。

 

てんとう虫を捕まえる1歳長男。

教わらなくても、つぶさないような絶妙な力加減をしています。

 

風が吹き、

「きゃー」とテンションの上がる3歳次女。

 

「あのやさいはなーんだ?」

「なんだろうねー」

「きのうのさんぽのとき、はっぱをひろげてみてみたよね」

そんな会話もたのしいです。

 

* * *

 

上の子がまだ小さいころは、こんなことしてあげれなかったんです。

時間が無くて、手っ取り早く、

ショッピングモールやレジャー施設に通っていました。

今思えば、お金で解決していたんだなぁ。

 

生活のために好きではない仕事をして、

仕事のために家族との、子どもとの、時間を犠牲にしていたあの日々。

 

収入は減ったけれど、

十分な時間で子どもたちに時間と手間を存分にかけ、

わたしも満たされる日々。

 

わたしは今、しあわせだなぁと心から思ってます。

大学生活

大学は、結局、推薦をもらえる一番いい大学を選びました。

 

それでも、やっと、親から離れられる!

 

初めての一人暮らし!

 

さいこー!と思ったのもつかの間、

引っ越したその日の夜からホームシックにかかりました・・・

 

* * *

 

高専からの進学組で、すぐ仲良くなりました。

 

髪染めて、イメチェンして、大学デビューを果たしたわたし。

 

上々なスタートだったのですが・・・

学科のメンバーの前で自己紹介したところ、

なぜかクスクスと笑い声。

 

みんな初対面だし、全然面白いことは言ってないのに、

なんて失礼な人たちだー!!!

 

* * *

 

後から聞いたところによると、

鹿児島出身のカリヤくんと同じ薩摩なまりを笑われた模様。

 

でも!

でも!!

でも!!!

 

繊細なわたしのココロは深く傷ついたのです。

 

結局、編入してから卒業まで、

学科の友だちとはあんまり仲良くなれなかったのでした。

 

* * *

 

熊本県は、『熊本アートポリス』という事業を行っていて、

比較的、建築/デザイン などが盛んな地域です。

 

有名な建築家が建てた建築物も県内各所にあって、

古い建築物も割と残っていて。

大学にも、

帝国大が設置される前からの旧制高等学校であった名残のものが残っていました。

 

そんなこともあり、

高専の「建築」熱も様々というのとは、

大学の様子はちと違いました。

 

高専編入学組も含め、

みんなすごく「建築」好きな様子。

デザインとか建築物とか建築家とかみんな好きな様子。

 

あんまり、そこに興味が無かったわたし。。。

正直、そこも、溝が埋まらなかった原因かも。

わたしの中で、たっかい壁がそびえたってしまいました。

 

ホンモノの「建築」好きには絶対に適わない・・・

心底思った日々でした。

 

* * *

 

大学3年次の秋。

 

大学の文化祭。

 

学科の子たちが、他大学も巻き込んだ設計コンペを企画していました。

 

そこに、高専編入組も加えてもらって。

それでも、わたしはうじうじしていました・・・(←しつこいぞーわたし!)

 

そのコンペで、ゲストに呼ぶ予定だったのは・・・

なんと!

高専祭でモチーフにした「ブルージュ・パビリオン」を設計した

伊藤豊雄氏!

 

ただ、ただ、圧倒。

すげーな。。。この人たち。

 

でも素直にそれを口に出せないわたし。

 

でも、なんでか、みんな勝手に、

わたし凄そうと思っているのです。

その感じが伝わってくる・・・

期待に応えねばと思ってしまうわたし。(←違うよー!苦しくなるよ!!)

 

そして、なんでか、

 

伊藤豊雄氏の最後のお見送り。

大学~熊本空港までのタクシー車中を同行するというお見送り役を

任命されてしまうのです。

 

正直ね。何話したらええんじゃー!!(←広島いったこと無かったけど)

状態です。

嬉しくないわけではなかったけど、

本気で好きでない、わたしには荷が重すぎました。

任命されてから、「どうしよう」「どうしよう」が頭をぐるぐる。

当日何を話したか、全く覚えていません。

ただただ、苦しかった。

 

何で断らなかったんだろうなぁ。

絶対やりたいって子、他にいたはずなのになぁ。

せめて、背伸びせずに、ありのままの自分をあけっぴろげて、

たのしめたらよかったなぁ。

豊雄先生にも申し訳なかったなぁ。

 

世界の建築家と1時間もタクシーの中でお話できるなんて、

2度と無いのに、

ほんと、もったいないことをしたなぁ。